瀕死の自意識 

わたしが救われてもこころが救われなければ惨めなだけ。心が救われても  わたしが救われなければ虚しいだけ。わたしもこころも等しく救われなければならない。 だけどその前に、わたしはこころと出会わなければならない。こころとの最初の出会いは いつも残酷で滑稽なものだ。人はそれを避けようと必死になるが、こころから逃げた 人間に残るのは痩せた根のような瀕死の自意識だけ。瀕死の自意識はいつだって救いの無い女神 の虜。自意識しか無い者は救われれるべき何かすら無い。救われるべき苦悩や悪や下衆さすらない。 近頃の犯罪から受ける薄気味悪さはそれが悪だからではなく悪ですらないからである。そこには ただただ瀕死の自意識しかない。存在すれば関係できない、関係すれば存在できない、と言ったものの 存在も関係もできないわたしも在る。そんなミミズ切れ端のようなわたしがたくさん漂う社会はもはや 社会ではない。これからもっとドロドロに溶けていくだろう。瀕死の自意識は、もう自意識である事に すら疲れ果てているからだ。みんなでみんながみんなのわたしになろうとどろどろになっている。 それで少しは寂しさも紛れればいいが、寂しさだけは、顔にべったり残るだろう。 どれだけ顔を洗っても、その寂しさだけは拭い去ることはできない。その寂しさは汚れではなく毒だからだ。
こころから逃げなかった者だけにはっきりした夜が訪れる。長く続く夜の惨めさはやがて身を引き締める気持ちの良い 冷気となる。星から降るその冷気はもうすぐ朝だという報せ。もうわたしは星が笑うように笑う事ができる。 べったり達から人でなしと呼ばれても。






 

魔神臓