わたしは母の影じゃない
わたしは母の影じゃない
わたしは母の影じゃない
わたしは影じゃない
影じゃない
影じゃない
わたしは影じゃない、
だけど影にも月は咲く
影にこそ月は咲く
鬱々と咲く月も月
月は闇を夜にする
月は星を呼び、
星の音は
母なるものを静かにさせる
静かに眠る母なるものから飛び出して
わたしは浜辺に打ち上げられた魚のように眠る
初めての、母なるものの体外での眠り
わたしはもう、母の影じゃない
母の温もりはなつかしく
夜風がわたしを冷たくする
それでもわたしはもう、影じゃない
光でもないけど、影ではない
あわい、わたしの生命が生まれた
わたしを喪った母なるものは
暗く深い海へ、遠く遠く見えなくなる
母から切り離れたわたしはまだ母の娘だけど
娘を喪った母なるものは母なるものにあらず
わたしはわたしを支配する無力感を母へ返した
今はただ波の音だけが
わたしと母なるものをつなぐ傷
遠くふたり、絶望に耐える傷
よせてはかえす傷
母なるものの涙は止まらない
海に無数の月が流れいく
わたしを喪った痛み
娘を喪った無力感
喪が明ける事は無い
母なるものも、かつては母の娘だったのだから
喪にはひたすら耐えきるしかない
泣いて叫んで耐えるしかない
母なるものが絶望と喪に耐えきる時、
母でもない、娘でもない、何かが再誕する
夜も海も
月も星も
涙も風も
母も娘も
全て一つの悲しみ
じっと耐えれば
やがて
一つの全ての悲しみ
夜は夜、海は海
月は月、星は星
涙は涙、風は風
母は母、娘は娘
女は女、女は女
喪から女が産まれる
喪の悲しみに耐えることは
別れること、分けること、解ること
わたしがわたしだと解ること
再生する女性は、自ら輝く月、輝く闇
喪が明ける
母も娘ももういない
女が在る
女は開かれた闇
無い、闇ではなく
在る、闇
喪うものは何もない、闇
開かれた、闇
喪は明けた
星が高く、波が低い夜、
月が海に流れるのをわたしは見た
波が高く、星が低い夜、
海が月に流れるのをわたしは見た
高きところから低きところへ
低きところから高きところへ
涙は流れる
月の一滴が海になり
海の一滴が月になる
喪が明けた夜
女が在ったのを
わたしは見た
わたしはずっと、独りじゃない